■マウントキナバル・ヘリテイジリゾート&スパ(旧名パカサ・ホテル・クンダサン)~Mount Kinabalu Heritage Resort&Spa

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キナバル山の老舗ホテル~パカサホテルが、リニュアル&コテージタイプ増設で、新しくマウントキナバル・ヘリテイジリゾート&スパとして、生まれ変わりました。

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可愛いスーベニア・ショップ

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爽やかな色合いの落ち着いた客室

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ヘリテイジ・スパ

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キナバル登山やトレッキングの疲れを癒すのにサイコー!

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ホテルとコテージを繋ぐ吊り橋

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そんなに長くないけど、結構な高さ!でも、あんまり揺れないから大丈夫!

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山小屋っぽい可愛いコテージ

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緑に囲まれたオープン・ティーハウス

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涼しく清らかな空気の中で、鳥の声を聞きながらコーヒータイム

ホテルのウェブサイトは、こちら↓
http://www.mountkinabaluheritageresort.com.my/index.html

6件のフィードバック

  1. ボルネオ初心者・一人旅の発言

    キアウ・ヌル村で3日間山岳ガイドのお家にステイさせていただきラッキーな事に結婚式に参加させてもらったり、スカウ村ではパームヤシのプランテーションのことを教えてもらったり、コテージで40㎝のヤモリと一緒に寝たりと楽しいことばかりでした!!しかも出会えた人たちがすごくフレンドリーで親切な人ばかりでした。ラフレシアも見れたし・・・すごーく印象に残る旅ができました。
    サバ州の人たちありがとう!!

  2. kotakinakoの発言

    ボルネオ初心者一人旅さん、こんにちは!

    わあ!素晴らしいディープな旅になりましたね!それは、一人旅さんの、『コミュニケーション力&人間力』の賜物だと思います。キナコも嬉しい!
    サバの人たちは、言葉の壁や民族の壁を作らないんですよ。 心に、体に、印象の残る旅・・・、素晴らしい! 又来てくださいね!

    テリマカシ~♪

  3. アピ・アピの住民の発言

    1970年に貨物船でタワウに上陸し、MASでコタキナバルにつきました。当時の日本人駐在員やクンダサン村のJOCVの方々のアドバイスでコールアン村に約3ヶ月、ホームステイし村人と仲良くなりました。1974年にもパプア・ニューギニアからシンガポール経由で再度、同村に1ヶ月、泊まりました。35年ぶりコールアン村に夫婦で訪問すると、昔の幼少年が40過ぎのおじさん、おばさんになっていました。昔の村人の写真(老人は、魂がとられるといって嫌がってましたので少数です)を100枚ほどと録音していた村人の歌謡のテープ、カセットを贈呈すると大感激でした。亡くなられた方も多く、その音声を村人はシンミリ聴いていました。お世話になったサミン・ビン・ミリ村長は亡くなれており、残念です。村は9戸から70余戸に大きくなり、水道、電機、TV、トイレ、コンクリート造りの家屋で、昔のニッパ椰子の屋根、竹板の床の高床家屋はありません。(ちょっと残念)便利なもので村長の息子と携帯番号を交換でき、帰国後、お礼の電話ができましたが、若いときにマレー会話もっと勉強しておくべきでした。マムート銅山も閉山したと聞き、建設中の活気を思い出しています。次回はラナウの町やJOCVが指導していたサバ・テイー・ガーデンを見たいですね。来夏、行きます。

  4. kotakinakoの発言

    アピ・アピの住民さん、こんにちは!

    わあ、39年前ですか・・・。 
    35年ぶりのご夫婦での再訪、素晴らしいですね!写真やテープ、さぞ喜ばれたことでしょう。マムート銅山については、日本人として時々責められることがありますが。涙 
    サバ・ティーガーデンは、のんびりしたリゾートで、食べ物も美味しいです。来夏、楽しみですね!

    テリマカシ~♪

  5. アピ・アピの住民の発言

    kotakinakoさんへ
    39年前はアンズ・ホテルに泊まり、キャピトル・ホテル前の海岸沿いの屋台店で食事をしました。タマゴスープを注文したのに卵焼きのはいったスープがでてきたりして、けっさくな経験でした。サバ州鉄道でタンジョンアルーからボーフォートまでは川崎車両製のデイーゼルカー、テノムまでは小型のバストレインにのりました。まだ走ってますか。当時の吉田領事から旧日本兵の情報収集を依頼されたり、ケニンガウのカダイ・コピでは華僑から日本兵に間違われたりしました。まだまだ戦争の影響が残ってました。クンダサンやコタベル、ラナウのJOCVのメンバーにはお世話なりました。
    後継のJICAの活躍を期待しています。テレマカセ、バニャク。

  6. kotakinakoの発言

    アピ・アピの住民さん、こんにちは!

    キャピタルホテル前が、まだ埋め立て前だったのでしょうか?
    サバ州鉄道は、修復に入って2年が経とうとしていますが、未だ完成していません。多分来年の初旬には、開通するとは思いますが・・・。
    キナコの義母の前夫は、日本兵からの拷問が元で死亡し、義祖父も捕らえられて拷問を受けた経験があったりでしたが、日本人のキナコを温かく迎え入れてくれたことに感謝です。そんなサバ州の人々が、大好きです。

    テリマカシ~♪

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